あるリーフフレットを手に取ったら、訂正用の紙が貼られている。
きっとその下には、会社として見られたくない何かがある。
「電話番号を間違えた?」
「なくなったサービス名称か何かが書いてあるのかな?」
きっと剥がして読んだとしても大したことが無い「訂正シール」だけど、剥がして下を見たくなるのはなぜだろう。

コレに出会って、考えた。
●私はこの広告をよく読んだ。
●読むきっかけになったのは、この「訂正シール」のせいだった。

もしこの訂正シールが無かったら、確実に読まなかった営業広告のリーフレット。
なぜ「読まなかった」と断言できるかというと、スキがない、ミスも無ければ、突っこみどころもない、素敵だけれど「ふーん」の声も出ないリーフレットだったから。
でも「読んでしまった」
訂正シールのせいで。

そして自分のつくるモノを考える。
お客様に提案する言葉を考える。

この訂正シールのように、手に取った人の気持ちを一瞬でもこっちに向けられるもの。
それはいったい何だろう。

・眠くなりそうなセミナーや講演、演者が思わぬ失敗をしたりすると、急に話を聞くようになったり、
・上手に話しているように見えるけど、ちっとも頭に入ってこないプレゼン。
・下手に聞こえるけど、その下手さがハラハラして結局最後まで聞いてしまったプレゼン・・・

「聞いてもらう」「読んでもらう」
その目的を果たすためには、何らかの「落ち度」を付けるのは一番の近道なのだろうか?

一番やってはいけないのは・・・
「キレイにまとまってるけど、何も感じない」
そういうことなのだろうか。

自己満足であってはいけない。
でも自分が満足しなくてはモチベーションも上がらない。